2011年06月15日

紅蓮の女王③

     レイプされた?

 蘇我馬子の父親は稲目で、二人の娘を妃として入れている。
蘇我氏の勢力は、先代の欽明大王時代すでに他の豪族をしのいでいた。
この稲目の二人の娘は、姉、賢塩媛(きたしひめ)、妹、小姉君(おあねのきみ)といい炊屋姫は姉の娘である。

 一方小姉君の子、穴穂部皇子は神経が粗野で感情が激しく単純な性格で、炊屋姫に思いを寄せている。
そんな皇子を姫はすごく嫌っていた。

 それは昨年の秋のこと、長い間敏達大王が病気がちのため、孤閨をかこっていた炊屋姫は、穴穂部皇子に誘われて乃楽山(ならやま)の方に紅葉を観に行った。
疲れたので途中穴穂部皇子の屋形で休息したが、その時酔った穴穂部に犯されたのだった。
 その時なぜ大声で人を呼べなかったのか、と思うと胸が暗くなる。
あの瞬間姫は、酒臭い息を吐いて襲い掛かる穴穂部に抵抗しながら、本能的に様々なことを考えたような気がする。

 先ず考えたのは、こんなところを舎人や宮廷の女官たちに知られては恥だ、と言うことだった。
次にことが公になれば、自分に思いを寄せている穴穂部がどうなるのか、と思ったようだ。
 《当然死罪だよね・・皇后を犯したんだからね》

その時まで炊屋姫は、穴穂部が別に他意はなく、自分を想っていると信じていたのだった。
だから抵抗はしたが声をあげなかった。  《ホントかな、空閨に耐えかねていた思いを癒していたのでは?》

 結局炊屋姫は穴穂部に身を任せてしまったのである。
                 
                                 つづく

  

Posted by 太閤錦 at 12:45Comments(0)TrackBack(0)読書

2010年12月24日

仏の教えとは

    生きるってことが・・罪??。
 今年は平城京1300年ということで私も奈良へ・・6月と言う梅雨時で。
平城京跡には朱雀門を始め大極殿や東院庭園などが再建されている。
凄い規模だ、甲子園球場が30個も入る広大なスペース、此処に様々な施設が・・昔の人のパワーって・・と思う。

 今まで如何してわからなかったのかね、この敷地内を近畿鉄道が横切っている。
奈良は二年前に東大寺、興福寺に来たが京都のついでで日帰りだった、今回は2泊3日だ。
明日香や、橿原神宮などにも足を伸ばした。

 薬師寺、唐招提寺そして石舞台等の飛鳥京の遺跡など先人の優れた頭脳を思い知らされた。
これらは仏教の教えによって統一された人民の力が結集された結果である。

 仏教の教えとは何だろう??。
「人生苦から救われ、世の中をよくするために」が仏教を学び信仰すること・・の目的だそうです。

 庭野 日敬氏の書によれば。
「生は苦である、老は苦である。病は苦である。死は苦である。怨み憎むものに会うのは苦である。愛するものに別れるのは苦である。求めるものの得られないのは苦である。一言にしていえば、  この人間の存在はすべて苦なのである。」と記している。

 人はアレが欲しい、こうしたい、など色々な欲望が頭の中を駆け巡り苦悶する。
しかし生きてることが苦であればこんな欲望などチッチャなことだと・・自分の悩みも失せるはず・・これが教えかな。

 勿論仏教の教えはこんな一言では言い表せないだろうが、こんなにアバウトな受け止め方も悪くない?と思うのだが如何なものだろう。

  参考

 仏教のいのち 法華経  庭野 日敬著

 平城京跡散策マップ

  

Posted by 太閤錦 at 15:38Comments(0)TrackBack(0)読書

2010年05月25日

これからの読書姿??

  親鸞 〈上)  五木 寛之
  今日の花アヤメ
 この小説が無料でWEBで読むことが出来ると・・。
ためしにインターネットで検索してみた。

 oh ohホントだ、なかなか読みやすそうだね。
本を見るよりも見やすくいいねぇ。

 ページをめくるのはどうするのかな。
あぁ親切だね・・「ページのめくり方』が詳しく示されてますよ。

いいね、左端をクリックすれば次ページへか、右端をクリックすれば戻る。
縦書き、横書きも変更できるんだ。

 その他縮尺、拡大、輝度反転など色々できる。

これならわざわざ本を買う必要も無く読むことが出来ね。

 肝心の本の中身だが・・親鸞と言う硬い題材のわりには娯楽的な楽しめる内容だ。
 面白く瞬く間に読みきった・-こんな事は久しぶり。

 今後はこれが読書の主流になるだろうね。

 皆さんも読んでみて如何でしたか??。  

Posted by 太閤錦 at 09:42Comments(51)TrackBack(0)読書
 「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」

今「愛知の文学」という本を読んでいる、これは古典文学から近代文学まで、愛知の地域と関わった作品が紹介されている。
その中で夏目漱石『三四郎』の面白い一節があるので紹介します。
 熊本の旧制高等学校を卒業して上京する大学生小川三四郎は、汽車で女と乗り合わせる。

しばらくすると「名古屋はもうじきでしょうか」という女のこえがした。
・・・中略・・・
 「そうですね」と言ったが、はじめて東京へ行くんだからいっこう要領を得ない。
 「このぶんでは遅れますでしょうか」
 「遅れるでしょう」
 「あんたも名古屋へおおりで・・・」
 「はあ、おります」
    この汽車は名古屋留まりであった。
・・・中略・・・

 次の駅で汽車が留まった時、女はようやく三四郎に名古屋へ着いたら迷惑でも宿屋へ案内してくれと言いだした
一人では気味が悪いからと言って、しきりに頼む。三四郎ももっともだと思った。
けれども、そう快く引き受ける気にもならなかった。なにしろ知らない女なんだから、すこぶる躊躇したにはしたが、断然断る勇気も出なかったので、まあいいかげんな生返事をしていた。
 そのうち汽車は名古屋へ着いた。

・・・中略・・・

 《おんなは後からついて来る、もう十時は回ってる、三四郎はぶらぶら歩いてただ暗いほうへ行った。女はなんとも言わずについて来る。比較的さびしい横丁の宿で如何かと女に・・・結構だと女、思い切って入った。》

・・・中略・・・

 ぎいと風呂場の戸を半分あけた。例の女が入り口から「ちいと流しましょうか」と聞いた。
三四郎は大きな声で「いえたくさんです」と断った。しかし女は出て行かない。かえってはいって来た。
そうして帯を解きだした。三四郎といっしょに湯を使う気とみえる。別に恥ずかしい様子も見えない。

 三四郎はたちまち湯船を飛び出した。

・・・中略・・・

 蚊帳の向こうで「お先へ」と言う声がした。三四郎がただ「はあ」と答えたままで、敷居に尻を乗せて、団扇を使っていた。
いっそこのままで夜を明かしてしまおうかとも思った。けれども蚊がぶんぶん来る。

・・・中略・・・

 「失礼ですが、わたしは疳性(かんしょう)で人の蒲団に寝るのがいやだから・・・少し蚤よけのくふうをやるからごめんなさい」
三四郎はこんな事を言って、あらかじめ、敷いてある敷布の余っている端を女の寝ているほうへ向けてぐるぐる巻きだした。
そして蒲団の真ん中に白い長い仕切りをこしらえた。

・・・中略・・・

 夜はようよう明けた。顔を洗って膳に向った時、女はにこりと笑って、「ゆうべは蚤は出ませんでしたか」と聞いた。
三四郎は「ええ、ありがとう、おかげさまで」

・・・中略・・・

 勘定をして宿を出て、ステーションに着いた時、女は始めて関西線で四日市のほうへ行くのだという事を三四郎に話した。
三四郎の汽車はまもなく来た。時間の都合で女は少し待ち合わせる事となった。改札場のきわまで送って来た女は、
「いろいろごやっかいになりまして・・・ではごきげんよう」と丁寧にお辞儀をした。三四郎はただ一言「さよなら」と言った。

 女はその顔をじっとながめていた、が、やがて落ち付いた調子で、
「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」とにやりと笑った。

 三四郎はプラットホームの上へはじき出されたような心持ちがした。



 三四郎は読みましたがこんな一節は記憶に残ってない。
    何時の時代でも《据え膳は喰うものらしいね》

 

 
  

Posted by 太閤錦 at 15:55Comments(0)TrackBack(0)読書
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