2009年04月07日

天皇御手植の桜?

     根尾の薄墨桜 《1500余年の歴史》
   み    しろ  のこ        うすずみ                     さ か    とど                 「身の代と遺す桜は薄住よ 千代に其の名を栄盛へ止むる」  

 継体天皇は都からの招きで尾根谷を去ることになった。そこで住民との別れを惜しみ一本の桜の苗木をお手植えになり上記の詠歌一首を遺された。と言う伝説がある桜です。

 蕾の時はピンクで満開時は白く、散り際には淡く墨色を帯びるのでこの名まえが付いたそうです。

 


 

 根尾谷と言えば明治時代の大地震により大きな断層が出来たことで有名ですよね、いわゆる根尾谷断層ですよね。
車窓から見ると蔽いかぶさる様な断崖絶壁は、今にも山が崩れてきそうで恐かった。

 

 平日と言うのに道は渋滞で現地まで3,5時間ほどかかった、次は樽見鉄道が良いのかなぁ。
でも次行くまで持つかね、1500年物の桜ですからね、何時までも元気でいてほしいね。
桜のお医者さんに頑張ってもらいましょう。

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